ラジオドラマ「えむあかラジオ!」公式サイト

Episode HIYO 中

 

 

 

透き通った窓の向こうでは、見慣れぬ風景が右から左へと流れていく。

 

少し視線を上げると、まるで湖のように澄んだ水色をした空が広がっている。

 

時折アヒルや白鳥のような真白色の雲が空を泳いでいき、

遥か上空で太陽がさんさんと輝いている。

 

そんな景色を見ていると、あたかも自分は今

水底にいるような錯覚を起こしてしまう。

 

宇宙を渡る銀河鉄道のように、

水中を駆ける運河鉄道があって、

それに乗って様々な場所をめぐっていくような、

そんな夢旅行をしている感覚に陥っていた。

 

本来ならば今の時間、陽代は学校に居るはずである。

 

それが今は電車に乗って見知らぬ土地に向かっている。

 

学校が面倒でサボったわけではないが、

傍から見れば単なるサボりであり、

陽代自身も少なからず肩身の狭い思いをしていた。

 

そんな折に外を眺めていたら

ファンタジーじみた光景が目に映ったため、

あぁ自分は今夢の中にいて、

だから学校をサボっていたとしても何も問題は無いんだと

理由をつけて自分のとった行動を正当化することができた。

 

また、青く澄んだ向こう側では太陽が

時間を増すごとに元気に輝いていて、

このガラス窓一枚隔てた向こう側は

とても暑いことが見て取れた。

 

数分ごとに駅に止まり開く扉から人とともにムワァっとした熱気が一緒に入ってきて、それだけで気分が悪くなった。

 

今外に出たらきっと倒れてしまうだろう。

 

だから自分の選択は正しいんだ、

そう気の小さい自分に言い聞かせ、

再び窓の外を眺めては幻想的な風景をイメージし

空想の世界を旅していろんなものを誤魔化すことにした。

 

 

「あ゛ー、暑いーっ」

 

「今日気温30度よゆーで越すってよ」

 

「マジでー?ダルぅ~」

 

そんな夢心地の気分は、

途中の駅で乗ってきた女子高生三人組の

姦しい声によって打ち消された。

 

駅名を見るともうそこはあまり接点のない学区で、

その三人も見慣れない制服を着ていた。

 

入ってくるなり大声で話し始め、

周りの目など全く気にした様子もなしに騒いでいた。

 

足元に三つのバッグを無造作に置きながら、

暑い゛ー、と言い服の裾や胸元をバタバタと大きく開閉しており、

周りの男の人はみな目線を本や携帯に落とし、

女性は横目でにらみつけていた。

 

しかしその三人組は気にした様子もなく話し続けていた。

 

その様子を見て陽代は羨ましいという感情を抱いていた。

 

陽代は言うならばこの三人とは真逆のタイプだろう。

 

どちらが良い性格か、と言われたら陽代のような性格の方がいいのかもしれない。

 

しかしどちらが楽しいか、得かと言われたら

自分のしたいことを周りの目を気にせずできる

この三人の方がいいだろう。

 

少なくとも陽代はそう思っていた。

 

(周りの目を気にしなかったら、どんなに楽だろう…)

 

ふぅ、と心の中で静かにため息をつきながら、

もう一度その三人を見た。

 

周りの空気は多少冷えているがその三人の中だけは相変わらず楽しげな雰囲気が飛び交っていて、いいなと思いながら再び三人の会話に耳を傾けた。

 

「そーいえばさー、暑いっていうと暑くなるってゆーじゃん?」

 

クーラーが効いてきて暑さが収まってきたのか、

やや声のボリュームを下げつつそんな話題を持ち出した。

 

他の二人が「まぁ言うね」と頷くと、

 

「ならさ、涼しいって言えば涼しくなるわけ?」

 

「なる…かもね。ただそんな人、頭がイッたカンジにしか見えないけど」

 

「あはは、確かにぃ!」

 

「でもさ。実際あるしない?

 あんまり可愛くないのに

 みんなが『天使』とか『姫』とか言うと可愛く映ったりとか」

 

「「あー、ある!」」

 

「でしょ!大してカッコよくもないのに

 『下町のプリンス』とか『カリスマ料理人』とか言われると

 イケメンに映ったり!」

 

「「あははっ、あるわー」」

 

「だから言葉の影響って案外デカいんじゃない?」

 

「確かにねー。誰かがカッコいいとかいうとカッコよく見えるしね」

 

「じゃあさァ、自分に対して毎日『今日も可愛いね☆』とかいえば可愛くなるってこと?」

 

「「いや、それナルシじゃん!」」

 

その二人の息の合ったツッコミにより、

あはは~!と笑いが生じる。

 

相変わらず動作が大きく、

その結果周りの人たちは怪訝そうな目をしていたが、

陽代だけはまるで芝居を見ているように楽しみながら

その三人を見ていた。

 

 

『次はー、終点、終点…。お降りの際はー…』

 

不意に彼女たち三人以外の、電波音のような車掌のアナウンスが耳に入る。

 

その放送とともにじっと座っていた人たちも動き出し、

例の女子三人組もおろしていたカバンを持って

降りる準備をしていた。

 

やがてプシューッと勢いよく空気の抜けるような音とともに扉が開く。

 

目の前には多くの人が乗る準備をしており、

その人垣の向こう側にはさらに多くの人が行き来していた。

 

陽代が普段利用する駅もそこそこの大きさであり

人の多さには慣れていたつもりであったが、

さすがは県庁所在地の駅と言わんばかりに

多くの人であふれていた。

 

あまり人込みは好きではないため、

息を抑えながら急いで階段を上り改札口を通って、

そこでようやく一息つく。

 

そこにも人は大勢行き交っていたが、

開放的なスペースではあるため息苦しくはなかった。

 

そして一通り見まわしてようやく、

ここが見知らぬ土地であることを理解した。

 

「…取り合えず、どこに行こう……」

 

駅中は以前より全然違っていた。

 

新幹線の開通による効果か内装は大幅に変わっており、

この分だと駅周辺も大きく変わっているだろう。

 

知っているところと言えば駅から数キロ先にある

大きなお寺くらいしかない。

 

かといって陽代自身お寺や神社に興味があるわけではないため、大して行きたいとは思わなかった。

 

「一先ず駅から出てから考えよっかな…」

 

うん、そうしようと頷いて

エスカレーターに乗り下へ降りて行った。

 

「うわ……暑い…」

 

そして、早速後悔した。

 

小一時間ほど冷房の効いた車両に乗っていたため体はすっかり冷えていた。

 

その体に太陽が容赦なく光をぶつけてきて、

早くも体温が上昇してくるのが分かった。

 

とりあえずどこかお店に入ろう、

そう思い近くの飲食店を探すも、

ファストフード店は客の回転が速いため休めそうにないし、

ファミレスなどはまだ時間的に開いていない。

 

恐らく探せば24時間のファミレスなんかもあるのだろうが、

見つけるまでにダウンしそうで、

一先ず日陰となっているバス停で休むこととした。

 

「ふぅ、暑かった…」

 

少し歩いただけだというのに、

額には汗がびっしりと滲んでいる。

 

喉がひどく渇いて不意に熱中症というワードが頭をよぎる。

 

同時に例によって呼吸も乱れ始め気分が悪くなるが、

すぐに来たバスに乗り込み、

冷えた車内の座席に座ることで

少しは落ち着くことができた。

 

そして一息ついてから気付く。

そうだ、今日は遊ぶために学校をサボったわけじゃない。

 

…いや、遊ぶことも含まれてはいるけれど…。

 

一番は今までの自分を変えるために

電車に乗ってここまで来たのだ。

 

そのためには楽な道ばかり選んでいてはいけない。

 

「…お寺、行こうかな…」

 

何か変わるかもしれないし、と後付けの理由を考えながら、

バスの電子文字『善光寺行』の文字をじっと眺め

決心を固めた。

 

記憶が正しければ、最後に善光寺を訪れたのは

小学校の社会科見学の時だった。

 

お寺まで行く道が結構長く、

途中にあった露店で千歳あめか何かを買った記憶がある。

 

確か持っていっていいお金が少なく、

その中で一番多く買えるのが千歳あめだった。

 

他はあまり記憶にない。

そんな場所だった。

 

バスはその露店が続く道のさらに手前の

寺門入り口で止まった。

 

どうやらそこがバスで行ける限界のようだ。

 

慣れない手つきでお金を支払いバスからゆっくり降り

敷地に足を踏み入れる。

 

しかし本堂の姿は全く見えない。

 

遠くに門らしきものが見えるだけだ。

 

更に道中は予想通り全く日陰がない。

 

「…それでも、」

 

行かなくちゃ何も変わらない、

だったら進もうと自分を奮い立たせ

長い長い道のりを歩いて行った。

 

周りに人は少なかった。

 

いや、時間の割には多いだろうか。

 

今の時間は八時半である。

 

学校がちょうど始まった頃合いで、

もちろん辺りに同年代の人はいそうにない。

 

しかし代わりにお年寄りや外国人が多く見られる。

 

駅前の人数を思うと人の数は少ないが、

それでも周囲に10人程度はいる。

 

今日が平日ということを考えると

異様な多さと言えるかもしれない。

 

ひょっとしたら何かイベントでもあり人が多く集まるのかと思い一瞬嫌な日に来てしまったと思いかけたが、周囲に特にそういった雰囲気もなく、ああこれが平常運転なんだと納得した。

 

その後も順調に進んでいった。

 

動けなくなるほど体調を崩すこともなく、

少し疲れたら休んだりジュースを飲んだりして

何とか歩を進めていった。

 

仁王門を抜けると左右には露店が展開されていて、

見たことのあるような店もちらほら存在していた。

 

まだまだ本堂は見えそうになかったが、

それでももう近い所に目的地があると思えるだけで

幾分か余裕は出来た。

 

日差しはキツくなってきた。

 

それでもそんなに苦にはならず、

歩く速度をやや上げて目的地まで急いだ。

 

そして寺名が描かれた額が修飾された大きなコゲ茶色の門を抜けると、正面に本堂が見えた。

 

これまでの道なりよりも開けた空間で、

首を動かさないとその全容が見えないほどだった。

 

右手にはおみくじ売り場などがあり、

左手には本堂とは違う寺らしきものがある。

 

「…取りあえず、本堂かな…」

 

よいしょ、ともう一息入れて本堂を目指す。

そこはもう目の前のはずなのに、いざ行くとなると意外に遠い。

 

太陽の光をもろに受けながらも何とか歩みを止めることなく

階段を上がって本堂に入ることができた。

 

本堂には多くの人がいた。

 

目の前には人だかりと、その中心には人の像か何かがある。

その隣にお守り売り場があり、奥の方に仏さまが控えていた。

 

「そういえばお寺って作法があるんだっけ」

 

よく考えたらお祈りの方法も分からない、と

今更になって慌て始める陽代。

 

仕方がないので他の人の行動を観察していた。

 

まずみんな仏さまの前に行く前に必ず銅色にくすんだ像に近寄る。

 

遠目で良く見えないがどうやらおじいさんのような像らしく、

頭や目なんかを何度もこすっていた。

 

「…さっぱり分からない……」

 

その後もじっと観察していたがよくわからない。

 

全身を撫でる人もいれば一か所だけを執拗にこする人もいる。

 

法則性が全くなく、なんのおまじないなのか

全然わからなかった。

 

しょうがないから真似事だけして通り過ぎよう、

そう思っていたら不意に声をかけられた。

 

「あら、お姉ちゃん。一人で来たの?」

 

話しかけてきたのはきれいに白髪が生えているおばあさんだった。

 

腰もシャンとしており若々しい雰囲気を漂わせながらも

一方で年相応の穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

「あ、はい」

 

普段田舎暮らしなのでお年寄りに声をかけられることには慣れているが、お姉ちゃん、と言われたことに陽代は驚きつつ、わずかに気分を良くしながら顔を緩ませて返答をした。

 

「ここにはよく来るの?」

 

「えと、小さいころに何回か来ただけで、それもあんまり覚えてなくて」

 

そう返答するとおばあさんは柔らかな笑顔を浮かべながら

 

「わたしはもう何べんもここに通っていてね。

 最近調子が悪いもので」

とゆっくり述べた。

 

「ほら、そこに‘びんずる様’がいらっしゃるでしょう?」

 

‘びんずる様’の身体を触るとその場所の病気が治るのよ、

先ほどの人だかりができた像の方を指さす。

 

なるほど、だからいろんな人がいろんな場所を触っていたのかと一人納得して話を聞いていた。

 

「ただ触る箇所が多い程効果が薄れるのよ」

 

そう少女のようにクスクス笑いながら

おばあさんは‘びんずる様’を撫でに

人ごみの中に入っていった。

 

もう結構なお年なのに人の隙間から手を伸ばして

足を触っているその姿を見て、

陽代も負けじと挑むことにした。

 

(っていっても、わたしの場合どこを触ればいいんだろう…?)

 

肺気腫のように肺がおかしくて息苦しくなるわけではない。

心臓も違う。

多分おかしいとしたら心なのだろう。

 

「でも心ってどこだろう」

 

改めて考えると分からない。

とりあえず胸の奥にあるものと

どこかの詩集で読んだ気もするため、

胸を撫でて、

その後すこし考えてから一応頭も撫でておいた。

 

 

「お戒壇(かいだん)巡りは、したことある?」

 

仏さまに手を合わせてからおばあさんがそう尋ねてきた。

 

「真っ暗な所を歩いていくものですよね?」

 

しばらく本堂の内部を見ていたら昔の記憶が蘇ってきた。

 

戒壇巡りとはこの本堂の地下のようなところを歩き

壁に沿って歩いて途中の鍵に触れる、

といったものだったと記憶している。

 

おばあさんは静かに微笑んで

「やってみない?」とチケットを見せてきた。

 

「実は今日おじいさんと一緒に来る予定だったのだけれど、

 足の調子が良くなくてねぇ」

 

そういって大人用のチケットをくれた。

人によっては受け取らないかもしれないが、

陽代は経験上こういう時はもらっておいた方が

相手も喜ぶことを知っていたので、

お礼を言って貰うこととした。

 

「中は真っ暗ですので、

 壁伝いに、ゆっくり歩いてください」

 

改札口でそう案内され、

仏さまの御前で一度お祈りをしてから

慎重に階段の前に行く。

 

まだ下は見えるが階段は急になっているため

先に陽代が下ることにした。

 

一歩、また一歩と下るたびに光が弱くなり、

階段を下り切ったころには

先があまり見えなくなっていた。

 

「ここから暗くなるから、ゆっくりね」

 

おばあさんが後ろから声をかけてくれる。

 

それが背中を押してくれて、

陽代は闇の中に入っていった。

 

中は思いのほか暗かった。

 

いや、暗いというレベルではない。

 

目を開けてるか閉じているか分からないほど何も見えず、そして何も感じない。

 

唯一右手から伝わる壁の温度のみが頼りで、

音もあまり聞こえず、時間の流れも全く分からない。

 

時々前の人に当たって、

その時ようやく「自分以外に人がいた」と認識できるような、

そんな異様な空間。

 

まるで死んだ後の世界のような雰囲気を感じ、

途中からだんだん恐ろしくなった。

 

道中の壁にある鍵のことなどさっぱり忘れ、

早く出たい、その一心で歩き続けた。

 

やがて大きく九十度右回りに回ると、

先にほんのりと明かりが見えた。

 

たった数分暗闇の中にいただけなのに、まるで何年かぶりに光をとらえたかのような錯覚に陥っていた。

 

それと同時に人の賑わいなども感じ取れ、

戻ってこれた、その歓びがこみ上げ一つため息をついた。

 

 

「それで、今日は用事とかあるの?」

 

お戒壇巡りの後しばらく行動を共にしていたおばあさんが、

そう訊いてきた。

 

もちろん特に予定はない。

 

その意思を伝えると、

「じゃあこれはどうかしら」と一枚の券を差し出してきた。

 

「このあと戸隠神社に行く予定だったんだけど、

 一人じゃ寂しいしチケットは余ってるから、

 良ければ一緒にどうかしら?」

 

迷惑かしら?と少し悩みながら差し出してくるチケットと

おばあさんの顔を見て、

お礼を言いつつそのチケットを受け取った。

 

陽代の育った土地はお年寄りが多くネットワークの強い、

まさに田舎の土地だった。

 

そのため近所の人は皆顔見知りで、

いろんなことを教えてくれたりものをくれたりと

お年寄りに対し良い思い出が多い。

 

しかし何か悪いことをすればすぐ広まってしまう田舎の悪さもあるため、周りの視線を気にしてしまうといった悪癖が付いてしまったけれども。

 

今はその田舎の良さが出たようで、

大して変な気を遣うわけでもなく

小一時間ほどバスに揺られながら

神社のある戸隠へと向かっていった。

 

「あ、言い忘れていたけれど、今日行くのは奥社なの」

 

「おく、しゃ…?」

 

聞きなれない言葉に戸惑い聞き直す陽代。

 

それに対しおばあさんは少し嬉しそうに話し始めた。

 

「社(やしろ)が遠くにあってね。

 道中長い道のりがあるのだけれど、

 とてもきれいなのよ。見たら驚くわ」

 

それを聞いて陽代の顔が少し強張る。

 

時刻は二時近く気温が最も上がった時間である。

 

果たして耐えられるか微妙な所だったけれども、

おばあさんも一緒に歩くのだからきっと大丈夫だろうと

前向きに考えることができた。

 

そして奥社の入り口に着いた。

 

目の前には自然が多く広がっている。

 

まるでジブリの作品で見たかのような、

絵に描いたかの自然。

 

何メートルもある樹木が太陽の光を遮り、

その足元には深い緑色の草が一面に広がっている。

 

入口付近に小さな池がありそこには淡い水色や深い青色の花が咲いていた。

 

またどこからともなく鳥の声が響き渡り、

数時間前の戒壇巡りの反動もあってか

とても美しい場所に感じた。

 

「ここもきれいだけれど、道中もとてもきれいなのよ」

 

そう言っておばあさんが誘導する。

 

ハッと我に返って奥社に向かい歩きはじめた。

 

 

 

そこはまさに自然の中という感じだった。

 

左右には樹林が広がっており、陽の光は全く届かず、

しかし風は通っていくため案外涼しかった。

 

これならいけるかも、そう思いながら左右を見ては

「うわぁ…」と声を上げて風景を楽しんでいた。

 

しかし途中から状況は変わった。

 

道が平坦な道から坂道、そして段差のある道に変わっていったからだ。

 

過呼吸になってからこの1年程あまり運動をできていない陽代にとってはつらい運動量であり、すでに肩で息をしている状態である。

 

肩で息をしだすとすぐに過呼吸になってしまうためしばしば休息を要した。

 

一方おばあさんは、陽代の調子に合わせて一緒に休むものの

まだ元気があるようで、

それを感じ陽代は申し訳なさと情けなさを感じ、

息をのんで奥社まで踏ん張ることとした。

 

「着いたわ。ここが奥社よ」

 

最後の段差を登りおばあさんがそう口にする。

 

はぁ、と膝に手を当てて息を整えてから、

休憩スペースでしばらく休息をとり参拝をする。

 

お寺と違い像があるわけではなく、

どこか物足りなさを感じながら参拝を済ませた。

 

死ぬ気で頑張ってきたわりには

見返りが少ないような気もして、

若干悔いを残しながら帰ろうとすると、

その奥社から見える景色に足が止まった。

 

来たときは下ばかり向いていたから気が付かなかったが、

いざ高みから見てみると

何とも形容のし難がたい光景だった。

 

真ん中に一本筋があり、

その両脇をズラッと樹々がそびえたっている。

 

ザァァ…と滝の音がして、

その中に微かにサラサラと

水の流れる音が混じって聞こえる。

 

「うわぁ…!」

それを表現するだけの言葉は無くて、

気が付いたらそう声を上げていた。

 

「美しいでしょう?入口から見てもきれいだけど、

 ここまで来て見た景色は何とも言えなくてね」

 

これが見たくてここまで来たようなものだもの、と

目線を真正面に置いたまま、

おばあさんが一つ息をつく。

 

その声にはわずかに寂しさや影が帯びており、

陽代は改めてそのおばあさんを見た。

 

そこにいたのは経験を経ながら

何十年も生き抜いてきた一人の女性だった。

 

そして今もなお必死に生きようとしている。

 

その姿を見て、自分の甘さを知った。

 

心の弱さのせいで今を精一杯生きれていない自分に対し

もっと強くなろう、そう心の底から思った。

 

 

 

その後来た道をたどって戻り、駅でおばあさんと別れた。

 

連絡先を交換したりはせず、

恐らく今後会えることは無いのかもしれない。

 

それでも哀しくはなかった。

 

あのおばあさんのことは、

この日の思い出とともに一生忘れることは無い、

そんな気をしたからだ。

 

そして陽代は電車に乗り、小さな冒険に終わりを告げた。

 

その日から少しずつ生活が変わっていった。

 

辛いときはあの日のことを思い出し、

それでも辛ければどこかへ足を運んだ。

 

その結果また居場所が生まれ、出会いが生まれ、

その分心に余裕が生じた。

 

勉強にも励めるようになり、

受験シーズンを迎えるころには完全に

‘体調管理’を行なえるようになっていた。

 

そして受験時期。

陽代は大学に徳島を選んだ。

 

理由としては行きたい学部があって、

受験条件が自分にぴったりということがあったからだったが

一番は親元を離れたいということだった。

 

親の庇護から離れれば完璧に過呼吸なんかなくなるはず、

そう思い地元から遠く

なおかつ知り合いのいないような場所にしよう。

 

そう思い選んだ先が徳島だった。

 

それから必死に勉強をして目標点を取れるよう頑張り、

そして受験。

 

結果は見事に合格だった。

 

特に間近で応援してくれていた母親は感極まって泣いていて、遠い土地へ行ってしまうことをやや後悔した。

 

それでも、と気を強く持って決して弱みを見せず、

住み慣れた土地を離れるまで涙は隠しながら、

出発の日にバスに乗り込んだ。

 

本当なら父親が同伴する予定だったが

急に仕事が入ってしまったため、

一日遅れで現地集合することとなった。

 

陽代は「別に一人で大丈夫」と言ったのだが、

 

「家の契約や家具の調達には大人の力がないとダメ」

という母の強い一言に折れ、しぶしぶ承諾した。

 

それでも1日半ほどは実質一人旅という状況になるため、

すぐに楽しみが頭に浮かんできて、

その顔は柔らかく緩んでいた。

 

*    *   *

 

「そっか…。まだあれから少ししか経っていないんだ…」

 

駅の中で、多くの人が行き交っているなか足を止める。

笑顔はやや薄れ、

どこか痛みを我慢するかのようにキュッと口元を結び、

今日にいたるまでの日々を思い出していた。

 

しかしすぐにその顔は緩む。

 

確かに辛いことも多かった。

 

それでも辛さの中に楽しみも見出せて、

苦しいなりに頑張ってこれた。

 

それは今思うと良いことだったのかもしれない。

 

そんなことを考えながら、駅中を探索することにした。

 

「あ、そういえばホテル探さないといけないんだっけ」

 

まずホテルを探して、それからご飯食べて…と

今後の予定をつらつらと述べる陽代だったが、

「ホテル見つけてからゆっくり考えればいいかな」と、

やや楽観的に考えながら駅を出た。

 

少し冷たい夜風に当たり、今一度徳島の街を見渡す。

 

大分暗くなってしまったが、街は適度に明るく、

車も昼間より多く行き交っていた。

 

「ホテル、空いてる、よね…?」

 

その交通量にホテルがすべて満室である可能性も出てきて

多少心配になったが、今悩んでも仕方がないと

最寄りのホテルに行き、自動ドアを通って

ロビーの受付に向かった。

 

「あの、部屋空いていますか?」

 

「おひとり様ですか?」

 

黒いスーツに身を包んだ男性の方が

優しいテノール調で尋ねてくる。

 

「は、はい」と答えると柔らかい笑みを浮かべて

 

「現在シングルの禁煙室が空いております」

 

いかがですか、と相変わらず満点の笑顔を浮かべながらホテルマン。

 

その言葉を聞いてようやくホッとし「お願いします!」と

こちらも満面の笑みで返した。

 

その後料金の説明があり、

思ったより安かったが一応足りるかと財布を見ようとするも、

なかなか見当たらない。

 

途中大阪で徳島行のチケットを買ったり

こちらに来てからも飲み物を買ったりしたため

ハンドバックの中に入っていることは確かなのに、

見つかる気配がしない。

 

次第に額に嫌な汗が浮かんできた。

 

ホテルマンがその異常な様子に気付き

「いかがしました?」と声をかけてくる。

 

陽代は顔を青くしながら一言、か細い声で呟いた。

 

「…お財布が、ない……」

 

 

 

To be continue…